大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)100号 判決 1990年7月20日

埼玉県川口市芝下二丁目一六番一号

上告人

株式会社ダイヤモンドマーク

右代表者代表取締役

間野イク子

右訴訟代理人弁護士

田倉整

同弁理士

右田登志男

東京都墨田区本所三丁目四番二号

被上告人

株式会社 東京宝来社

右代表者代表取締役

東口重彦

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第一二三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年四月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田倉整、同右田登志男の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)

(平成二年(行ツ)第一〇〇号 上告人 株式会社ダイヤモンドマーク)

上告代理人田倉整、同右田登志男の上告理由

上告理由第一点

原判決は本件審決取消訴訟の法的性格についての法律判断を誤っている。

本件訴訟は無効排斥審決の不服訴訟である。従って、無効審判請求人が提示した無効理由について本件登録が無効とされるべきかどうかが判断され、登録無効の原因に該当する場合にはじめて審決取消の結論を出すことができる。

すなわち、原審において不服の対象とされた審決は、無効排斥の結論であるから、

(1) 無効審判請求人が提示した無効理由は何か、

(2) (1)で提示された無効理由が確認されたのち、この無効理由をもって本件登録は無効とされるべきか、

の二点についてこれを肯定する積極的判断がなされた場合にはじめて審決取消の結論を導くことができるのである。

しかるに原判決はこのような判断過程を経ることなく、審決取消の結論を出しているので、明らかに審決取消訴訟の法的性格についての判断を誤っている。この点においてすでに原判決は違法として破棄されるべきである。

さらに、前記(1)および(2)の各点について、原判決の法律的判断が誤っている所以を以下に示す。

上告理由第二点

無効審判請求人主張の無効理由の扱いに関する原判決の判断も法律的に誤っている。

特許庁の審判手続記録によって見ても、無効審判請求人主張の無効理由は特定されていない。

すなわち、無効審判請求人は単に「考案力なし」というだけであって、法律的にみてもいかなる無効理由を主張しているのか明確を欠く。

いうまでもなく、無効理由はいったん登録された権利について、その瑕疵を主張し、その裏づけの資料を提示してはじめて無効理由を構成する。そして、その主張立証の責任は無効審判請求人の側にある。

すなわち、無効審判請求人は無効審判手続において無効理由を提示する主張責任を負い、しかも、その裏づけとなる証拠資料を指摘する立証責任を負っている。

のみならず、無効理由の提示は無効審判請求人が無効審判手続において提示すべきものであり、審決不服訴訟において提示できるものではない。

すなわち、無効審判請求人は一つの手続で提示した無効理由以外の無効理由であれば他の無効審判を請求し、その手続において、提示する途があるから、審決不服訴訟において無効理由を提示することを認める必要はないし、まして、そうすることによって審判手続を経て不服裁判を提起すると言う、審判前置の利益を失わせることになるからである。

しかるに、本件判決では、審判手続においても無効理由の提示がなされていないのに、本件判決において無効理由なるものを作り上げ、これに対する権利者の意見を聞くこともなく、本件登録は無効とされるべきものとの判断を示した。

この判断手法は審判手続で提示されていない無効理由を判決中において創り出し、しかも、権利者の意見聴取の機会を与えていないと言う二重の誤りをしているのである。

このことは原判決を違法として破棄されるべき理由に直結する。

上告理由第三点

原判決は無効審判請求人の無効理由に関する判断を誤っている。

無効審判請求人が提示した無効理由は「考案力なし」と言うだけであって、特定の条項に合致したものではない。

すなわち、無効審判請求人の主張を記録について精査してみても、特定の実用新案法上の条項を挙示しているわけではないし、また「考案力なし」との表現は実用新案法の無効理由に関する規定の何れのうちからも見出すことはできない。

従って、本件審決が指摘するように、特定の技術事項を示す文献を挙げ、具体的な条文を指摘するならば、無効理由としての特定に欠けるところがなかったであろうが、無効審判請求人である被上告人はそのような措置に出ることもなかった。

結局、無効理由の特定を欠くという趣旨で本件審決は審判請求を排斥したのであった。

従って、訴訟段階で無効理由を提示することは論点外の事項を提示することに帰し、被上告人の審判手続における主張をもって無効理由の主張として欠けるところなきかの論点のみが審理の対象とされるべきであった。

このような審決の内容に対応する不服訴訟の論点も審理の対象も無効理由としての主張が段階に現われたさころによって十分かどうかであった。本件判決は、この審理対象の枠を超え、本件登録が無効とされるべき旨の判断も示しているが、違法な判断というほかなく、このことは上告人にとっても予想外のことであった。

実用新案法の条文を俟つまでもなく、無効認容の判断を示すときには事前に無効理由を示す必要があるのに、原審の審理の経過においては、このような措置はとられていなかった。

まことに遺憾なことであり、これを法律的に言えば、審理を尽くさざる違法がある判決として破棄されるべきものと言わなければならない。

上告理由第四点

原審判決は、本件訴訟において判断すべき事項についての判断を欠き、誤った結論に到達したものであるから、違法として破棄されるべきである。

一 本件審決は、前提となる公知技術についてその存在を確認したうえで、本件考案の対象であるマーク用生地との結びつきについての主張が明らかにされていないことを説示し、無効理由の特定が明確でないことを示している。

従って、本件審決で判断すみの公知の技術事項だけを本訴の判断事項としている原審判決は、単に前提となる事項を再確認しただけで本来の判断をすべき事項についての判断を省略している。

しかし、本件審決を違法とするためには、前提となる事項が本件審決の結論に影響すると言うことを意味するから、マーク用生地との結びつきが示されなければならない。

しかるに、原審判決ではこの点の判断を全く省略して結論を急いでいるのはまことに遺憾であると言うほかはない。

すなわち、本件審決が確認した前提事実についての共通の認識をもってしては、本件審決を違法とする理由にならないのは当然である。

本件審決が違法であるというために、この共通の認識を前提としてマーク用生地との結びつきを検討したうえでなければ、結論は出されない筈である。

原審判決はこの点についての判断を欠いているのは、判断すべき事項についての判断を省略していることに帰し、この点において原審判決は違法なものとして破棄されなければならない。

二 原審判決は、本件審決の判断のうちの表面的な雙言半句を捉えての説示であり、本件審決の意とするところを正確に把握していない。

無効理由としての主張が正確になされていないというのが本件審決の言わんとするところであることは本件審決を一読するだけで明らかである。

単に従来技術の技術内容が明確にされていないというだけでは無効理由としてどのような法的構成とするか明らかにされているとは言えないからである。

従来技術と言っても織物一般のことを述べているに過ぎずマーク用生地との関連については選択のみであって、考案力なしに止まり、それ以上を出ない。

三 別な面から言えば上告人原審被告の主張に対する判断を欠く。

すなわち、本件審決は、形式的文言から言えば、先行技術の内容が不明であるという説示をしているように見えないわけではないが、その意とするところは無効理由の主張が不明確であるということであり、このような不明な無効理由の主張ではどうにもならない旨を説示しているのである。

ところが原審判決によると、先行技術の説明はなされているから、本件審決の説示は間違っているというのであり、そのことをもって本件審決を取消すべき違法事由に直結させている。

しかし、無効理由として挙げた先行技術なるものは、本件出願公告公報(この公報自体は出願前公知のものではないこと明らかである。)に記述された従来技術を指称するものの如くである。

しかし、上告人(原審被告)がこの出願明細書中で述べた従来技術は、マーク用生地に「合成樹脂の細糸を一本ずつ交差状に織り込んだものを使用する」というのであって、それだけでは織物であれば何であってもマーク用生地に適用できることを示唆するものではない。すなわち、マーク用生地に用いられた織物は前記の構造のものがあったというに止まり、各種の織り方の織物のすべてが用いられていたわけではない。

そこで、従来用いられていなかった織物のうち「合成樹脂製の細糸を複数本束ねて撚り線としたものを格子状に、かつ、不規則変り織りに織り込んだ」という織り方で作られた化学繊維の織物を、マーク用生地に適用することを実用新案として登録申請をし、これが認められて登録されたものである。

言うまでもなく、本件権利は実用新案権であって、特許権ではない。ちよつとした工夫について権利付与を請求したものである。

そして、前記の織り方によって目的の織物を得る技術手段は、これも従来からの織り方の技術によることができるのであって、このことも、出願の際、上告人(原審被告)が申述している通りである。

すなわち、従来マーク用生地に採用されたという前例がなかった織り方の織物をマーク用生地に適用したというところに本件考案の趣旨とするところがある。

これまで取り上げられなかった織り方の織物を取り上げてマーク用生地に応用したということが考案としての価値を否定するためにはマーク用生地との関連において、どういう織り方の織物が存在していたかが示されなければならない。

この点に関しては本件登録実用新案の明細書でも指摘しているが、それ以外にどういうものがあったのかは無効審判請求人の側からは何らの指摘もなかった。

本件審決はこの点を指摘したのであって、マーク用生地を離れた織物一についての説明を求めていたわけではない。

マーク用生地に関する考案である以上当然のことである。

原審における無効審判請求人(原審原告、被上告人)の主張も、織物一般についての説明に終始し、マーク用生地との関連には全く触れていない。

原審判決も同じことである。マーク用生地はどんな織り方の織物でも織物であればすべて適用できるというのであれば何をか言わんやといわざるを得ない。

前提となる一般技術があって、その内から特定の構造のものを採り上げ、目的とする製品のために応用するというのが技術である。そこに、先例にない考案があれば、実用新案権としての権利付与がなされて当然である。もちろん、先行技術によって権利範囲は狭い場合もありうるであろう。

単に一般技術が存在するからと言って考案力なしと言うのでは、余りにも芸がなさ過ぎる。前例のないところに途を拓いた考案には、それなりの価値の考案として権利が付与されるべきものである。

残念ながら、原審判決は、本件審決の表現にのみ拘わり、それがマーク用生地とどう関連するかについては全く目を掩ったまま、本件審決を違法視したのは、上告人(原審被告)の主張に対する判断を欠いただけでなく、さらに、本件事案の真相を直視することを回避したものと評せざるを得ない。

判断脱漏の違法があるので原審判決は破棄されるべきである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例